HSPだと気づいたきっかけ。無理を重ねて見えた自分の“繊細さ”

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「どうして、こんなに気にしてしまうんだろう。」

学生の頃から、人の表情や声のトーン、
その場の空気の変化にすぐ気づいてしまうタイプでした。

良く周りからは「気にしすぎだよ」と言われましたが、
自分ではそれが“普通”のことだと思っていました。

むしろ、気を配れるのは良いことだと思っていたし、
周りに合わせていればうまくやっていける――
ずっとそう信じていました。

でも、その“気にしすぎる性格”が、
後になって自分を苦しめる原因になるとは思いもしませんでした。

無理を続けて、心が少しずつ限界に近づいた

社会人になってからは、責任も増え、
「迷惑をかけたくない」「ちゃんとしなきゃ」という思いが、
いつのまにか自分を縛りつけていました。

ミスを恐れて何度も確認を繰り返し、
人に頼ることが苦手で、すべてを一人で抱えこんでしまう。

家に帰っても頭の中で仕事のことが離れず、
休日も心から休めないまま、
「また月曜日がくる」と思うだけで胸が苦しくなっていました。

そんな日々が積み重なっていくうちに、
朝、布団から起き上がることさえ難しくなっていきました。

“HSP”という言葉に出会った日

だんだん気持ちが落ちてしまい、
「もしかして、うつなのかもしれない」と思うようになりました。
不安な気持ちのまま、スマホで原因を調べているうちに、
偶然「HSP」という言葉を目にしました。

“人よりも感受性が強く、刺激を受けやすい人”
という説明を読んで、思わず手が止まりました。
これまで感じてきた生きづらさや疲れやすさに
つながるものを感じたからです。

半信半疑でHSP診断をいくつか受けてみると、
どれも「HSPの傾向があります」「可能性が高いです」と出ました。
5件ほど試したうち、すべて同じような結果でした。

そこで初めて、長年感じてきた生きづらさに
名前がついたように感じました。

「自分は気にしすぎなんじゃなくて、
ただ“繊細な気質”を持っていただけなんだ」

そう思えた瞬間、心の中で静かに納得するものがありました。

受け入れることから、少しずつ楽になった

“繊細さ”は生きづらさにもつながるけれど、
そのぶん、誰かの気持ちに気づけたり、
優しさを受け取れる感性でもある――
今は、そんなふうに思えるようになりました。

HSPという言葉を知ったからといって、
すぐに生きやすくなったわけではありません。

仕事での緊張や人との関わり方に悩むことは、今でもあります。
けれど、「自分は少し繊細なんだ」と理解できるようになってから、
以前よりも気持ちの整理がしやすくなりました。

無理をして人に合わせすぎると、
あとで心が疲れてしまうことを知ったので、
できるだけ早めに休むようにしています。

また、静かな場所で過ごす時間を大切にするようになりました。
カフェでコーヒーを飲んだり、
何も考えずに本を開いたり、
そんな小さな時間が、心をゆっくり落ち着かせてくれます。

無理を手放して、静かな時間を取り戻す

それからは、少しずつ「無理をしないこと」を意識するようになりました。
すべてを完璧にこなそうとせず、
できない日は「今日は休む日」と割り切る。
そんな小さな許しが、心を守ってくれるようになりました。

以前の私は、頑張ることが“正解”だと思っていました。
でも今は、無理を手放すことも立派な選択だと思えます。

ひとりで静かに過ごす時間や、
お気に入りの音楽、カフェの穏やかな空気――
そうした小さな瞬間の中に、
「自分を取り戻す」感覚があります。

そして、同じように生きづらさを感じている人に、
私の経験が少しでも安心のきっかけになればと思っています。

繊細さは、弱さではなく、
やさしさの形でもあるから。

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