「せっかく時間ができたんだから、何かしよう。」
以前の私は、自分の時間ができるとそんなことを考えていました。
少しブログを進めよう。
趣味をしよう。
気になっていたことを片付けよう。
何か一つでも進めておきたい。
せっかくできた時間を何もしないで過ごすと、もったいない気がしていたのだと思います。
でも、仕事や家事を終えたあとの夜です。
時間はあっても、疲れている日があります。
そんなときまで「何かしよう」と考えていると、自分の時間のはずなのに、また一つ「やること」が増えていました。
最近は少し違います。
コーヒーを飲むだけの日もあります。
麦茶や水を飲んで、そのまま寝る日もあります。
自分の時間は、何かをするためだけの時間ではありませんでした。
何もしないことも含めて、自分でどう過ごすかを選べる。
今はそのくらいに考えています。
自分の時間にも「やること」を作っていました
仕事から帰って、夕飯や家事を済ませる。
ようやく少し時間ができる。
以前なら、
「この時間で何をしよう。」
とすぐに考えていました。
もちろん、趣味を楽しみたい日もあります。
ブログを進めたい日もあります。
問題だったのは、やりたいからするのか、時間を無駄にしたくないからするのか、自分でも分からなくなっていたことでした。
何か一つでも進められれば、その日をちゃんと使えたような気がする。
反対に何もしなければ、
「せっかく時間があったのに。」
と感じる。
家事を終わらせても、今度は自分で自分の時間に「やること」を作っていたのだと思います。
何もしないと、時間を無駄にした気がしていました
以前は、何もしない時間に少し抵抗がありました。
10分あれば何かできる。
30分あればもっとできる。
そう考えると、ただ座って過ごすことがもったいなく感じます。
だから、少し疲れていても何か一つ進めようとしていました。
でも、自分の時間まで効率よく使おうとすると、結局ずっと何かをしています。
仕事。
家事。
片付け。
そして、ようやくできた自分の時間にも「何かする」。
それでは、どこで休むのだろう。
そんなことを考えるようになりました。
コーヒーを飲むだけの夜があってもいい

今でも、時間ができれば趣味をすることがあります。
家族と過ごすこともあります。
何かやりたいことがあれば、それをやります。
でも、毎回何かをしなければならないとは思わなくなりました。
疲れている日は、コーヒーを飲む。
麦茶や水を飲んで、少しゆっくりする。
そして、そのまま寝ることもあります。
特別な過ごし方ではありません。
何かが進んだわけでもありません。
それでも以前のように、
「時間を無駄にした。」
とは思わなくなりました。
休みたいときに休むことも、自分で選んだ時間の使い方です。
そう考えられるようになってから、何もしない時間への抵抗が少しなくなりました。
休んだ翌朝の方が、動きやすいこともありました
何もしないで早く寝た日は、気持ちが少し楽になります。
そして翌朝、前日の夜より動きやすいこともあります。
以前なら夜に30分頑張っていたことを、翌朝にやってみると意外と進む。
そんな経験もありました。
だからといって、
「夜は何もせず、朝にやればいい。」
というルールにしたわけではありません。
朝も疲れていれば休みます。
夜にやりたいことがあればやります。
大切なのは、時間が空いたからという理由だけで何かを詰め込まないことでした。
夜に無理をしなくなってからの朝の過ごし方については、こちらの記事にも書いています。
「自分の時間」の意味も少し変わりました

以前の私にとって自分の時間は、
「好きなことをする時間」
という感覚が強かったように思います。
今は、もう少し広く考えています。
趣味をする。
ブログを書く。
家族と過ごす。
コーヒーを飲む。
何もしない。
早く寝る。
どれか一つが正しいわけではありません。
そのとき自分がどう過ごしたいかを選べること自体が、自分の時間なのだと思います。
だから、30分空いたからといって、必ず趣味をする必要もありません。
何かを進めなくてもいい。
家族と過ごしたければ、そうする。
疲れているなら休む。
以前より「何をしたか」ではなく、「自分で選べたか」を大切にするようになりました。
家事を減らしても、また時間を埋めていたら同じでした
家事についても以前は、全部終わらせてから休もうとしていました。
今は、翌日に回しても困らないことなら、無理にその日のうちに終わらせないことがあります。
ただ、そこで時間ができても、
「せっかくだから何かしよう。」
とすぐに別の予定を入れていたら、結局ずっと動き続けることになります。
家事を減らすことと、その時間を何かで埋めることは別でした。
空いた時間を、そのまま空けておく。
今の私には、それも必要なのだと思います。
まとめ|何もしなかった時間も、無駄ではありませんでした
以前は、自由な時間ができると何か一つでも進めたくなりました。
何もしなければ、
「時間を無駄にした。」
と感じることもありました。
今は、
趣味をしたければする。
家族と過ごしたければ一緒に過ごす。
疲れていれば休む。
何もしたくなければ、コーヒーや麦茶を飲んで、そのまま寝る。
その日の自分に合わせて選ぶようになりました。
自分の時間は、何かを達成するためだけにあるわけではありません。
何もしないことも含めて、自分で使い方を選べる時間。
今はそう考えています。
何も進まなかった夜でも、しっかり休めて翌朝少し動きやすくなるなら、その時間にも意味があります。
以前の私は、
「せっかく時間ができたのだから。」
と、その余白まで何かで埋めようとしていました。
でも今は、その余白を残しておく日があります。
「今日は何もしない。」も、自分で選んだ過ごし方の一つでした。

